DASH!

第二章 Draw...?




 遊ぶ子供らもいなくなった夜の公園。そこで青年とオレはコンビニ弁当を食べていた。
 コンビニ弁当はここに来る途中、何だかんだで青年が買ってくれたものだ。彼はあれだね、中々見所の有る青年だよ。
「でさ、アンタやっぱり絵描きの知り合いだったりするわけ?」
 コンビニ弁当に舌鼓を打ちつつ、オレは訊ねた。
「ああ、まぁ。一応な」
 早々と弁当を胃の中に収めた青年は、煙草を咥えてそれに火を燈した。
「あいつの自称彼女と高校んとき知り合いでな。二つ上の先輩だったんだがよ。そいつの紹介で知り合ったのが、お前の言う絵描きってわけ」
「ふぅん。で、絵描きの絵に惚れてファンになったと?」
 オレはちくわの揚げ物を咥えた。
「同じようなもんだけど、ちょい違えな。絵に、っつーよりも、絵を描くあいつに惚れたってのが正しいんじゃねえかな」
 ……まさかコイツ。知り合いならぬ尻愛? 惚れたまらぬ掘れた?
「馬鹿、違えよ。憧れっつーか何つーか……」
 青年は口から煙草を引き抜き、深く、白い煙を纏った息を吐く。緩やかな風がそれをさらっていった。
「昔からよ、俺の周りにはどういうわけか、天才とか秀才とかそういう類の連中が集まるんだよ。い俺にはろくな才能なんてこれっぽっちもねえのにな。クソガキの時分は特に気にもしてなかったんだが、あるとき気付いちまったんだな。ああ、こいつらは俺とは違えんだなぁって」
 青年は煙草の火を靴の裏で消し、二本目の煙草に火を燈した。
「自覚すると、どうにもそれまで通り素直に笑って遊べなくなっちまった。で、今度は毛色の違う連中とつるもうとするんだけどよ、そいつらとも合わないわけよ。まぁ、何とか上辺だけは合わせることができたし、へらへらと高校生活を送ってたんだが……いや、へらへらしてんのは今もだけどよ」
 青年は口の端を吊り上げて笑った。似合わない自嘲気味な笑い方だった。
「おいおい、ここはてめえも同意しながら笑うところだろうがよ?」
 言われるままに笑ってみた。
「……猫が笑うってのもシュールなもんだな」
「自分で言っといてそれは無いだろ。ていうか話の続き。変なところで切られると気になるんだよ」
「あー、悪い悪い。まぁ、何だかんだ有って、あいつの自称彼女と知り合う事になった んだが」
「何だかんだって……。随分端折ったな。できればそこも聞きたいんだけど?」
「……ったく、面倒臭えな。あの女と知り合ったのは、高校んときやってたバイト関係でだ」
「バイト?」
「ああ、バイトだ。……なぁ超能力って信じるか?」
「……は?」
 超能力といえば、火を出したり、触れずに物体を動かしたり、他には透視であったり、そういった類のものだろうか? 予想外のキーワード。これはもう目を点にするしかない。もしかして、ユイと知り合った経緯を誤魔化そうとしているのか? ……まぁ、話したくなければいいか。訊いて得るものなど何も無いだろう。
「いや何でもねえ。とにかくバイト関係であの女と知り合って、俺はあいつのアパートのに行く事になったんだ」
 あいつ、というのは絵描きの事だろう。
「お前もあいつの部屋を見たんなら分かると思うが、あの部屋には馬鹿みたいな数の絵が置いてあった」
 それを見て、青年が抱いた感想はオレと大差無いだろう。あの絵はそういったものだ。 「俺が客人としていらっしゃったのにあの野郎、どうしたと思う? 無視だぜ、無視。それもガン無視。自称彼女が超えかけようが野郎、黙々と絵を描き続けやがった」
 その様が容易に想像できて、思わず笑ってしまった。
「結局、一時間くらいしてから筆を置いて、”ああ、お客さんがいたのか。すまない。気が付かなかったよ”だぜ? キレんの通り越して、呆れちまったよ」
 そう言って青年も目を細め笑った。先程の似合わない笑い方ではなく、どこか子供みたいな笑い方。そんな笑い方をされてしまったせいで、オレの中での青年の株が少しだけ上がってしまう。本当にほんの少しだけだが。
「思うんだがよ、純粋な意味での才能ってのは、ある事をどれだけ器用にこなすかとか、そういうのじゃねえんだよ。その事にどれだけ真剣に向き合えるか、どれだけやり通せるかだ。それが本物の才能ってやつだ。あいつは俺には無いそれを、当たり前のように持っていた」
 要は成すか否かという事だろう。確かに、どんな能力を持っていようと、成さないのであればそれに価値は無い。
「それから、俺はあいつのアパートにちょくちょく顔出すようになった。バイトの無い日とかにな。そんなにしょっちゅう通ってたわけでもねえんだが、いつ行っても野郎は決まって絵を描いてたな。そんなもんだから、ろくに会話もありゃしねえ」
 それでも、と青年は言った。
「結構、楽しかったような気がするな。少なくとも俺は。そんな感じで三年ちょいかな。そんくらいが経った日、半年前に近所の商店街の福引で旅行が当たったんだ。三名様ご招待の旅行でな。仕事に都合付けてあいつら誘って行ったんだがよ。旅行事態はいいもんだった。あいつは引き籠もりがちなヤツだったから、偶の旅行で何かしら得るものは有ったみたいだしな。俺個人としても割りと楽しかった」
 なるほど、話に繋がりが見えてきた。話の落ちは知っているが、オレは黙って青年の言葉を待った。
 ややあって、青年が続きを話す。
「問題は帰りだった。帰りの駅で仕事の電話が着やがって、俺は途中で別れた。そのあと、面倒な事になったらしい。帰り道で、堅気じゃねえ感じの連中に因縁つけられたみたいでな。因縁っつーのは、肩がぶつかったとか、女連れてんのが気に食わなかったとか、そういった類のくだらねえもんだろ。……そんなんが有って、派手にボコられた、と。ユイからの連絡で俺がその場に辿り着いて、偶々通りかかったマッポのおっさんが駆けつけた頃には、散々な状態だったな。指は一本千切れてまってたし、」
「そこまで聞ければ十分だ」
 後の事は察する事ができる。わざわざ青年から聞くような事ではない。
 青年が消費した煙草は十に及ぼうとしていた。
「つまんねえ話だったな」
 言うと同時、青年は立ち上がり、煙草から昇る煙を伴いながら、少し歩いたところに有る水銀灯から発せられる灯りの下へと向かった背を向けたまま話し出す。
「俺のつまんねえ安易な思い付きで、あいつは大切なものを失う事になっちまった。謝ろうにも、どの面下げて会いに行ったらいいのか分かんねえ。……逃げてるんだろうな。怖いから。自分が潰しちまったものを直視するのが恐いんだ。それに、自分勝手な話だがよ、俺が信じたあいつの才能が俺程度でも壊せてしまうって事実も怖い。…………なぁ、あいつから俺の話って何か聞いてねえか?」
 青年は振り返り、縋るように言った。こいつが求めている答えはどちらなのだろうか?  水銀灯が照らした表情は自嘲気味の笑顔。本当に似合わないので止めて欲しい。
「アンタの名前が分からないから、何とも」
「ああ、そうか。俺は藁菱(わらびし)だ。お前の事はどうよんだらいい?」
 そう訊ねられて、自分に名前が無い事に気が付いた。絵描きは確か、オレの事を―― 「黒猫とでも呼んでくれればいい」
「分かった。で、どうなのよ?」
「聞かないな。そもそもあんまり話しないし」
 昼は腹の減りを緩和させるためにオレは寝ているし、夜は話しかけられる雰囲気ではない。となると自然、会話する機会は少なくなるというわけである。
「そうか」
 その言葉の後しばらく、沈黙が空気を彩った。
「そういえばさ」
 この手の沈黙は勘弁していただきたい。兎に角、無関係の話題でも振って、この鉛みたいにどんよりとした空気を緩和したい。
「超能力って何よ?」
 先程、藁菱が自分の口から出した言葉であるし、反応せざるを得ないだろう。はぐらかそうとしても徹底して追及してやればいい。そうする事で、この硬質な空気を幾らか緩和できるはずだ。……それに、実は結構気になっていたりもする。
「ああ、その話か。実はな俺、――超能力者なんだ」
「はぁ?」
「自分から訊いといてその反応はねえだろ?」
 そうは言われてもなぁ。
「素直に信じられるわけないだろ。じゃあさ、何にかやって見せてくれよ」
「いや、今は無理だ。色々と条件とかが有るんだよ」
「何だよその”MPが足りない”みたいなのは。やっぱ、ふかしかよー」
「あぁ? 失礼な事言ってんじゃねえ。オーケー、そこまで言うんなら見せてやるよ」
 藁菱は空になった煙草の箱を右手に握った。そして、体の正面を十メートルほど先に有るゴミ箱へと向けた。
「――」
 目を閉じ、一度深呼吸。ゆっくりと目を開く。――刹那、緊張が波紋となる。
 右手に持った煙草の空箱を、ゴミ箱に向かって投擲。空箱はそのまま、綺麗な放物線を描き、吸い込まれるようにしてゴミ箱の中へと収まった。
「……超能力とか関係ないじゃん」
 仮にこれが超能力によるものなら、いくら何でもしょっぱ過ぎる。
「だよなぁ」
 先程までの緊張感は何処へやら。藁菱の気の抜けた声。
 それからしばらく話した後、藁菱の携帯が鳴り、オレたちは別れた。
 時刻は零時前。もうじきあのアパートに亡霊が現れる時間だ。



  • NEXT