|
第二章 Draw...?
8 「――とまぁ、そんな感じでムネがきゅんきゅんきちゃったわけですよっ!」 うわぁ、うざいしキモイ。 あと、よだれ拭け。 「それでね、」 「もういい。それ以上の甘味は精神衛生上よろしくない。……そろそろ胸焼けが酷いしな」 このままではゲロゲロいってしまいかねない。 「そんな事よりさ、アンタは何で奏龍がまだ絵を描けると思うんだ?」 悪いが、この女の初恋話などという砂糖菓子みたいな話に興味はない。 オレが知りたいのは、こいつが奏龍を信じる理由だ。まさか奏龍の事が好きだからなどというわけではあるまい。想うや求める、それらが信じると結びつくなどあってたまるものか。 そもそもからして、 「紅坂奏龍はなんで絵を描く?」 自らの生涯を、絵というものに捧げた。魔に助力を求めてまで絵に縋る理由は何だ? オレには分からない。絵を自らの表現手段とするならば、自身の在り方を歪めてまでそれには縋るまい。絵を自らの誇りとするならば、その黄金の輝きを汚す事など有り得まい。 だったら、あの男の原動力は何だ? それはオレの知りえぬ過去から成されるものなのか。もしそうなのであれば、成された黄金は如何ほどの輝き、如何ほどの強度を誇るのか。 奏龍のもとで暮らし始めて、オレは今日まで考え続けた。だが、オレは未だ答えを探し当てる事ができない、 ユイの初恋話とやらから、答えが訊き出せるのではないかと期待した。しかし、見当たりはしなかった。 難解を極める推理、推測。 だから問う。 淀みなくユイは答えた。 「そんなの簡単だよ。だって――」 「――――」 聞いて、目眩がした。 泣いて、笑って、駆け出したくなる。 ――ああ、そうか。そんなものが原動と成り得たのか。 原初から今まで続くその理由。その、あまりの健全さと輝きに目が眩む。闇に慣れたこの目には、差し込む光が強すぎる。遠近感が損なわれ、世界が揺れる。彩りが満ちる、そんな錯覚さえ覚える。 とある青年の言葉を思い出す。そうか。これがあんたの言うところの才能か。なるほど。間違いなく紅坂奏龍は天才だ。 眩しさに目を細め、新たに問う。 「……なぁ」 森の魔女は願いを叶えるという。どこかで聞いた与太話。 「アンタは」 魔女はオレをなぜここにやったのか。きっと、願いを叶えるためだ。 「アンタは、何を願う?」 「……え?」 「訊かせろよ。減るものでもない」 ややあって、 「それじゃあ、そうちゃんの願いが叶ってほしい」 叶えるべき願いを見付けた。 一時凌ぎの駆ける理由。今のオレには十二分。 「だったら、明日にでも叶えてやれ」 眼前に燈る願いは二つ。 どちらを優先すべきかは明々白々。 叶えるべきは生者の願い。亡霊の願いなど、叶えてやる義理も理由も有りはしない。 「オレはちょっくら亡霊退治でもしてくるわ」 さて、亡霊の住む部屋に向かおうか。できれば掃除機でも欲しいところだが、贅沢は言うまい。気軽に素手で参りましょう。 見上げれば、空は月を取り戻していた。 |